2011年6月20日月曜日

釜石遠野ウインドファーム


大槌町。小槌川上流。
仮設住宅が建設中。
まだまだ需要に足りない。


吉里吉里町にガソリンスタンドができた。
この辺りは、がれきの撤去が進んでいる。
潰れた自動車は処理できないまま残っていた。



釜石新山牧場の風力発電。
海辺とは別世界。
遠野~大槌通行可能でした。


レンゲツツジ今が花盛り。
まんず、見に行ったほうがいいな。
トイレ設備あった。



タケノコ採りのシーズンでもある。

タケノコを積んだ軽トラックが高原を走り回ってる。

2011年6月15日水曜日

ユキノシタ


植えてもいないのに
毎年我が家に咲く花。
ツユクサ。
実際の色は紫に近い青



オダマキ。
毎年微妙に花の色がちがう。



ユキノシタ。
ダイモンジソウに似ている。
右下の葉っぱは、ドクダミ。
ともに薬草。
ともにどんどん増える。





ユキノシタは、小さいがよく見ると美しい花。







私の腕に休むマメコバチ。


前脚で顔や触角をなでている。


後ろ脚には花粉をつけている。


マメコバチやミツバチ、ハナアブの活躍で実を結ぶ。

2011年6月6日月曜日


山王海ダム周辺に釣りと山菜とりにでかけました。

山菜のなかでも、なかなか見つけられないのがシドケ。
沢の源流域に生えている。
ほろにがくてうまい。


白くてちいさな花のスミレ。
小群生していた。





これはよく見かけるスミレのようでもあり。
葉のかたちが、かわっているようでもある。





ムカシトンボに似ている。
腹(シッポ部分)が、ボテッとした感じ。
クマが多くて人が立ち入らない地域には、
珍しい昆虫が人に追われずにゆったり時間を過ごしているような気がした。

クロアゲハの仲間で上下の羽根の間に薄い水色のオビがあるものを発見。
家に帰ってネットで調べたが。
シロオビアゲハにしては生息域がちがう。
ミヤマカラスアゲハだったのか、
飛び方からは、蛾の仲間ではないと思われる。
写真に納められなかったのが残念。
博物館で調べてみたい。

2011年6月2日木曜日

早池峰山の写真

私の家の向かいの御主人Tさんの写真を紹介します。
クリックして大画面にしてみてださい。
五月二十三日ふもとの山荘で一泊。
二十四日午後五時。  早池峰山頂上。

残雪が残っている。 向こうが鶏頭山。 ここ早池峰山頂山小屋で二泊目。

二十五日朝。日の出を待つ。


ハイマツのむこうに北上高地が続く。

残雪にクマの足跡がくっきり。

山の向こうは太平洋、朝日が海に映っている。 雲海がすばらしい。 たった一人でこの景色。


岩と緑が美しい。 天気にめぐまれた。 鶏頭山にむかう。

しかしこの後雪のため縦走コースがわからなくなり、再び早池峰山の山小屋にたどりつき一泊する。

今回は縦走できなかった。

しかしあわや遭難かという状況で無事に下山してきた。

日の出が見れて上出来!

2011年6月1日水曜日

早池峰山



五月二十三日、船越支援物資整理に父と行く。

海の家辺りはツツジが、満開。

後ろの山崎さんは田植えをしていました。

ここは直接の津波被害はなく、とてものどかな雰囲気ですが、

突然海岸ずたいに捜索の自衛隊ヘリコプターが爆音とともにやってくる。








両石の一番低いところ、漁港の入口は堤防が壊れ国道が海に消えている、

急造の う回路が右に出来ている、この先釜石方面に向かう。


今回は国道を避け、山道だけを通り盛岡に帰ることになった。

大槌にもどり、山道で川井・小国に抜け、小国から早池峰山を通り大迫・内川目~紫波町・赤沢~日詰~志和稲荷~盛岡。





小田越入口からあおぐ早池峰山。

すそ野は新緑、いただきにはまだ雪がある。

鹿の群れを見る。

鹿は赤沢でも見た。

国道106号川井・鈴久名から早池峰山に大規模林道が開通していることを確認。

しかし、がけ崩れのため当分通行止め看板あり。


この場所でゆうがたの六時すぎ。

小国からここまでの間すれちがった車は一台だけ。






まもなく夕暮れになる、こんな人の気配の無いところで、ばったり盛岡自宅の向いに住むTさんに会う。

あまりに偶然の出会い、お互いなんでこんな場所にこんな時間にと驚いた。

彼は一人で山小屋に泊まり、明日早池峰山に登るのだそうだ。

こういう人がいるんだ。

まだ山開きしていないのに。


その後四日間もどらず心配したが、

たった一人で縦走して三泊四日のコースだった。

彼の撮った写真を次のブログで紹介します。

2011年5月18日水曜日

大槌中学校を訪ねました



5月16日地震発生から約二カ月。


校舎の周りには、がれきや船がのこっていました。


自衛隊のトラックや重機が、がれきの撤去作業を行っていました。


体育館は遺体安置所になっていたそうです。




校舎の一階は水没。

一階 天井に泥が残っていた。


外に見える川には清流に住むイトヨが生息していたそうです。

数十メートル先にはサケマス孵化場がありました。


川にも、がれきがあり以前のような清流に戻るには、まだ時間がかかりそうです。



                                                                                     
大槌中学校は吉里吉里中と大槌高校に分かれて間借りしていました。



先生は二校を行ったり来たりしながら、毎日の授業時間割を調整しているそうです。


吉里吉里中学の校庭です校庭の先にある建物は津波の被害をうけてます。

手前のバスも潰れています。

今回。の訪問は、日本からフランスに渡り30年間画家として活躍している友人が、被災にあった中学校に募金を渡したいということで、私の親戚がつとめている大槌中を紹介したのでした。


彼の娘が通うフランスの中学校で募金活動をしているのです。

お昼時間に訪問したので給食を御馳走になりました。

ご飯一膳、味噌汁一杯、さつまいもの天ぷらひとつ、これに 当日は救援物資の 紙パック牛乳一本と りんご四半分。

食べざかりの中学生には少なすぎる量でした。しかも肉魚が無くて炭水化物ばかりにかたよっているそうです。

しかし生徒たちは温かいご飯とみそ汁が頂けるだけでも感謝しているそうです。


私は復旧の遅れを強く感じてきました。


フランスとの交流が学校の明るい話題になればいいですね。

2011年4月14日木曜日

岩手県山田町船越湾津波の被害


  • ガシェットに追加したユーチューブの動画をみてください。

  • 「船越湾津波被害①」 では、堤防ぎりぎりまで湾内の水位が上がりました。この時点で堤防の内側にあった養殖棚はもちろん市場、水産加工場などの施設は全滅。

  • 「船越湾津波被害②」 では、津波が堤防を越えてしまい民家を襲い漁船が湾外に流された。三陸地名の由来を記述した本では「船越とは、船が陸を越えたところ」と書いてあったように記憶している。

  • 「船越湾津波被害③」 では、もどる波により堤防が破壊されてしまう。湾の底が見える。凄まじい映像です。次の津波で船越湾と山田湾がつながったようです。

  • 「船越湾津波被害④」 では、船越半島・田ノ浜地域の津波による崩壊、火災状況が映されています。