2013年6月26日水曜日
オオメマスの燻製
6月3日に山田道の駅で仕入れたオオメマス。
オオメマスとはシロザケが春、季節外れに沿岸に回遊してきたもの。
トキシラズともいう。脂がのっていて高価。
今年はママス(サクラマス)といっしょに、たくさんあがっているらしい。
サクラマスはもっと高価。
香味野菜と塩こしょうをすりこみ、
3日ねかせて、
3週間屋外日陰に干した。
6月は気温が高いため塩を追加したり、
昼間クーラーにいれ夜間に屋外乾燥したり
腐敗に注意して乾燥した。
しかし自然乾燥するのは11月以降が適してる。
肉の味が劣りやすい。
今回のオオメマスは、味に自信がなかったので長時間燻製して味をごまかした
酒のつまみとしては御近所に好評だった。
日持ちはしないが、せっかく脂がのっている新鮮オオメマスは冷燻で生食ですね。
2013年6月1日土曜日
イワシの魚醤つくり
* 先の3月24日久慈市に遊びに行った
久慈渓流では雪解けの勢いのある清水と
石灰岩のみごとな形相がとてもすばらしかった。
NHK朝ドラ「あまちゃん」の影響でしょうか
久慈道の駅はものすごく観光客で賑わっていました。
漁師のかあちゃんが出店する露店は3と8がつく日に
行われるそうです。この日はお休みでした。
さて久慈より南下して野田のお魚市場にて
イワシをビニール袋に詰め込み100円で購入した。
このイワシで白土三平さんの本にあった「メルチョ」を
つくった。そして2か月が経過したどんな出来具合か
たのしみです。それが下の写真でございます。
ビニールの中身は重しの石です。
イワシの塩漬けを寝かせてつくる魚醤がメルチョ。
醗酵した臭いがただよう。うまくいった。
メルチョを取りのぞいたものはキムチなどを加えて
塩辛として酒のつまみとする。
濾過して精製する。塩加減もよく臭旨クサウマです。
白土三平さんの本ではエゴマの葉をメルチョで漬けた
ものが絶品と紹介されていた。ネギ、ごま、とうがらし、
にんにく、ゴマ油で味付けしたものです。この葉で
ごはんを巻きいただくのが格別らしい。
とりあえずワラビのつけだれとしました。
ん~ん、クサウマです。
2013年5月16日木曜日
ブルーベリーの挿し木
ブルーベリー農家から剪定して、落とした枝をわけてもらい
昨年 2012年4月22日に挿し木をしました。
一か月後 5月21日の発芽状態
7月14日だいぶ枝葉が伸びてきた。
毎日水をやり、直射日光は避ける。
たぶん根がついてきたとおもわれる。
そして冬期間は屋内にて置き寒さに対処した。
2013年4月5日冬越しした苗からふたたび芽がでてきました。
5月15日の状態
どうやら一年もののブルーベリー苗が完成。
右隣りの双葉はイチジク。イチジクも昨年挿し木したものです。
これは今年の4月にふたたびブルーベリー農家から
いただいた枝を挿し木したものです。
手間と時間がかかるのですが、
元手無しで増やす魅力にはまっています。
実が収穫できる苗に成長すれば販売できるし、
剪定した枝からさらに増やしていける。
2013年4月15日月曜日
2012.10.08 その2
堤防釣りの前に、裏山にキノコ採りにいったら
マツタケが環になって生えているのを発見
例年に比べ、一か月遅く発生したため、他の人に採られずに
感動的マツタケのフェアリーリングを見ることができたのでしょう
一週間後に再び同じ場所で環の軌跡をたどると
遅れて発生したものを採ることができました
海でも山でも収穫があり自然の恵みに感謝しました
2012.10.08 堤防釣り
両石港にて堤防釣り
新しく購入した仕掛け
まき餌してソロリソロリ網を引き揚げると
アジやタナゴ、サバ、スズメダイ、カワハギ、メジナ
一度に5~20匹ほど網に入る
釣りというより漁をしてる感覚
アジ以外は佃煮にしました
アジは煮干しにしました
2012年9月15日土曜日
閉伊川の石ひろい
閉伊川本流 川井と新里の境付近 国道トンネルを迂回 旧道にはいる。
旧道に沿って川が流れている。
川原に降りることのできる場所を捜す。
対岸にほどよい大きさの宝の山発見。
けっこうワクワクです。
軟らかい部分が削られたのでしょうか
おもしろい。
評価額1000円。
200キロくらいある大物
苔がむしていい感じ。
この付近の川岸によくみられる岩だ。
評価額65万円。
でも重くて持ち出せない。
上写真岩と同じような種類の石。
丸みが無いからこのあたりにある岩なのでしょう。
評価額800円。
おっ、これは。
真っ黒の母岩に白い石英の縞が 一周。
お気に入り発見。
評価額8万円。
持ち上げるのがせいいっぱいで、
滑る川を渡り、急な登りの川岸を持ち運ぶのは困難におもった。
ずっしりとした質感。
漬けもの石。
評価額1500円。
1か月後筋トレをしてふたたび黒に白線縞の石に挑戦。
抱きかかえるとなんとか歩ける
あとは物欲と二人で、滑る川底をたくみにかわし、
急峻な足場の悪い坂をいっきにのぼり上がったときは意識がもうろうとなりました、
一息ついて車に積み込むと
もう有頂天で帰宅しました。
重さは36キロありました。
腕だけに負担をかけないで
背負うような道具を工夫すれば、
60キロクラスの石も運べるかも。
旧道に沿って川が流れている。
川原に降りることのできる場所を捜す。
対岸にほどよい大きさの宝の山発見。
けっこうワクワクです。
軟らかい部分が削られたのでしょうか
おもしろい。
評価額1000円。
200キロくらいある大物
苔がむしていい感じ。
この付近の川岸によくみられる岩だ。
評価額65万円。
でも重くて持ち出せない。
上写真岩と同じような種類の石。
丸みが無いからこのあたりにある岩なのでしょう。
評価額800円。
おっ、これは。
真っ黒の母岩に白い石英の縞が 一周。
お気に入り発見。
評価額8万円。
持ち上げるのがせいいっぱいで、
滑る川を渡り、急な登りの川岸を持ち運ぶのは困難におもった。
ずっしりとした質感。
漬けもの石。
評価額1500円。
1か月後筋トレをしてふたたび黒に白線縞の石に挑戦。
抱きかかえるとなんとか歩ける
あとは物欲と二人で、滑る川底をたくみにかわし、
急峻な足場の悪い坂をいっきにのぼり上がったときは意識がもうろうとなりました、
一息ついて車に積み込むと
もう有頂天で帰宅しました。
重さは36キロありました。
腕だけに負担をかけないで
背負うような道具を工夫すれば、
60キロクラスの石も運べるかも。
2012年9月13日木曜日
中尊寺 秘佛御開帳
中尊寺の秘佛
一字金輪佛頂尊(いちじきんりんぶっちょうそん)
平安時代800年前の作
奥州藤原氏三代秀衡の念持佛が
十一月十一日まで御開帳されている。
これを機に9月10日中尊寺を参拝した。
僧侶の説明によると
首の色は当初、白色だったが退色して現在の人肌色になっている
首下は当初の色を再現して手を加えているのだそうです。
とても格調高い仏像でした。
駐車場から月見坂を登り左右に地蔵堂とか弁慶堂とか薬師堂とかが沢山ございます。
地蔵菩薩さまや弁慶・義経や薬師如来さま、大日如来さま、阿弥陀如来さま、お釈迦さま
沢山お参りできてまことにありがたい。
その奥にハイライトの金色堂と副葬品などを展示した館がある。
この坂は関山の山道であるが、かつて藤原氏が治めた福島より青森に至る
奥州を縦貫する官道「奥大道」だったのである。
吾妻鏡によると
「当国の中心を測り山頂に一基の塔を立つ。
寺院の中心に多宝寺あり。
釈迦、多宝像を左右に安置す。
その中間に関路を開き旅人往還の路となす。」
と記録されてありますから
現在のように拝みながら登り切って、また戻るのではなく
かつては中尊寺境内の真ん中を通り、北に抜ける街道だったのだ。
「白川の関より外浜に至るまで二十余ヶ日の行程なり、
その路一町別に笠卒塔婆を立て、
その面に金色の阿弥陀像を図絵す。」
その中心が中尊寺だった。

現在の山道「月見坂」脇にあるお堂のひとつ峯薬師堂
ここは目の病に御利益があるそうだ
その他に縁結びとかそれぞれ願いをかなえるお堂があり
黄金文化にちなみ、おみやげには金色の貯金箱があり
現世利益にあやかりたい人情にはありがたい。 だけど、
おそれ多い仏様に、ああしてくれこうしてくれと願うのは神仏の采配に
不平不満をいってることになる。
ないものねだりを念ずるのではなく、あるものに感謝をささげる場所
たとえば私の場合なら「視力が衰えないように、病気になりませんように」
と願うのではなく
「目が見えて、耳が聞こえて、歩くことができて・・・・ありがとうございます。」
と薬師如来様にに感謝する。
歴史を繋いできた過去の人たちに御冥福をささげる場所でないと
世界遺産の名が廃ります。
「五月雨の 降り残してや 光堂」
金色堂をよんだ芭蕉の句ですが
芭蕉が訪れたころにはすでに「つわものどもが夢のあと」だった。
中尊寺の魅力は今なお発掘がすすむ仏教都市遺跡と
シベリア沿海州から日宋貿易につながる壮大な古代北方黄金文化と
征夷の戦いのはて義経に代表される人間ドラマ。
あらかじめこれらの歴史を学んだうえで現在残っている遺物をみると
堪能できる。
芭蕉のように中尊寺をよむことができるかも。
関山山頂にある能舞台
現在もなお使われている。
松の絵が印象に残る。
あれに見えるが束稲山
西行がこの山に咲く桜を詠んだ
ここを越えて義経は三陸海岸づたいに北に生き延びたというのが
地元に伝わる義経北行伝説。
月曜日ですが世界遺産登録の効果でしょう
全国各地からの人出が賑わっていました。
この人出を義経伝説とともに三陸海岸に運び
三陸復興につなげましょう。
一字金輪佛頂尊(いちじきんりんぶっちょうそん)
平安時代800年前の作
奥州藤原氏三代秀衡の念持佛が
十一月十一日まで御開帳されている。
これを機に9月10日中尊寺を参拝した。
僧侶の説明によると
首の色は当初、白色だったが退色して現在の人肌色になっている
首下は当初の色を再現して手を加えているのだそうです。
とても格調高い仏像でした。
駐車場から月見坂を登り左右に地蔵堂とか弁慶堂とか薬師堂とかが沢山ございます。
地蔵菩薩さまや弁慶・義経や薬師如来さま、大日如来さま、阿弥陀如来さま、お釈迦さま
沢山お参りできてまことにありがたい。
その奥にハイライトの金色堂と副葬品などを展示した館がある。
この坂は関山の山道であるが、かつて藤原氏が治めた福島より青森に至る
奥州を縦貫する官道「奥大道」だったのである。
吾妻鏡によると
「当国の中心を測り山頂に一基の塔を立つ。
寺院の中心に多宝寺あり。
釈迦、多宝像を左右に安置す。
その中間に関路を開き旅人往還の路となす。」
と記録されてありますから
現在のように拝みながら登り切って、また戻るのではなく
かつては中尊寺境内の真ん中を通り、北に抜ける街道だったのだ。
「白川の関より外浜に至るまで二十余ヶ日の行程なり、
その路一町別に笠卒塔婆を立て、
その面に金色の阿弥陀像を図絵す。」
その中心が中尊寺だった。
現在の山道「月見坂」脇にあるお堂のひとつ峯薬師堂
ここは目の病に御利益があるそうだ
その他に縁結びとかそれぞれ願いをかなえるお堂があり
黄金文化にちなみ、おみやげには金色の貯金箱があり
現世利益にあやかりたい人情にはありがたい。 だけど、
おそれ多い仏様に、ああしてくれこうしてくれと願うのは神仏の采配に
不平不満をいってることになる。
ないものねだりを念ずるのではなく、あるものに感謝をささげる場所
たとえば私の場合なら「視力が衰えないように、病気になりませんように」
と願うのではなく
「目が見えて、耳が聞こえて、歩くことができて・・・・ありがとうございます。」
と薬師如来様にに感謝する。
歴史を繋いできた過去の人たちに御冥福をささげる場所でないと
世界遺産の名が廃ります。
「五月雨の 降り残してや 光堂」
金色堂をよんだ芭蕉の句ですが
芭蕉が訪れたころにはすでに「つわものどもが夢のあと」だった。
中尊寺の魅力は今なお発掘がすすむ仏教都市遺跡と
シベリア沿海州から日宋貿易につながる壮大な古代北方黄金文化と
征夷の戦いのはて義経に代表される人間ドラマ。
あらかじめこれらの歴史を学んだうえで現在残っている遺物をみると
堪能できる。
芭蕉のように中尊寺をよむことができるかも。
関山山頂にある能舞台
現在もなお使われている。
松の絵が印象に残る。
あれに見えるが束稲山
西行がこの山に咲く桜を詠んだ
ここを越えて義経は三陸海岸づたいに北に生き延びたというのが
地元に伝わる義経北行伝説。
月曜日ですが世界遺産登録の効果でしょう
全国各地からの人出が賑わっていました。
この人出を義経伝説とともに三陸海岸に運び
三陸復興につなげましょう。
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