2011年6月1日水曜日

早池峰山



五月二十三日、船越支援物資整理に父と行く。

海の家辺りはツツジが、満開。

後ろの山崎さんは田植えをしていました。

ここは直接の津波被害はなく、とてものどかな雰囲気ですが、

突然海岸ずたいに捜索の自衛隊ヘリコプターが爆音とともにやってくる。








両石の一番低いところ、漁港の入口は堤防が壊れ国道が海に消えている、

急造の う回路が右に出来ている、この先釜石方面に向かう。


今回は国道を避け、山道だけを通り盛岡に帰ることになった。

大槌にもどり、山道で川井・小国に抜け、小国から早池峰山を通り大迫・内川目~紫波町・赤沢~日詰~志和稲荷~盛岡。





小田越入口からあおぐ早池峰山。

すそ野は新緑、いただきにはまだ雪がある。

鹿の群れを見る。

鹿は赤沢でも見た。

国道106号川井・鈴久名から早池峰山に大規模林道が開通していることを確認。

しかし、がけ崩れのため当分通行止め看板あり。


この場所でゆうがたの六時すぎ。

小国からここまでの間すれちがった車は一台だけ。






まもなく夕暮れになる、こんな人の気配の無いところで、ばったり盛岡自宅の向いに住むTさんに会う。

あまりに偶然の出会い、お互いなんでこんな場所にこんな時間にと驚いた。

彼は一人で山小屋に泊まり、明日早池峰山に登るのだそうだ。

こういう人がいるんだ。

まだ山開きしていないのに。


その後四日間もどらず心配したが、

たった一人で縦走して三泊四日のコースだった。

彼の撮った写真を次のブログで紹介します。

2011年5月18日水曜日

大槌中学校を訪ねました



5月16日地震発生から約二カ月。


校舎の周りには、がれきや船がのこっていました。


自衛隊のトラックや重機が、がれきの撤去作業を行っていました。


体育館は遺体安置所になっていたそうです。




校舎の一階は水没。

一階 天井に泥が残っていた。


外に見える川には清流に住むイトヨが生息していたそうです。

数十メートル先にはサケマス孵化場がありました。


川にも、がれきがあり以前のような清流に戻るには、まだ時間がかかりそうです。



                                                                                     
大槌中学校は吉里吉里中と大槌高校に分かれて間借りしていました。



先生は二校を行ったり来たりしながら、毎日の授業時間割を調整しているそうです。


吉里吉里中学の校庭です校庭の先にある建物は津波の被害をうけてます。

手前のバスも潰れています。

今回。の訪問は、日本からフランスに渡り30年間画家として活躍している友人が、被災にあった中学校に募金を渡したいということで、私の親戚がつとめている大槌中を紹介したのでした。


彼の娘が通うフランスの中学校で募金活動をしているのです。

お昼時間に訪問したので給食を御馳走になりました。

ご飯一膳、味噌汁一杯、さつまいもの天ぷらひとつ、これに 当日は救援物資の 紙パック牛乳一本と りんご四半分。

食べざかりの中学生には少なすぎる量でした。しかも肉魚が無くて炭水化物ばかりにかたよっているそうです。

しかし生徒たちは温かいご飯とみそ汁が頂けるだけでも感謝しているそうです。


私は復旧の遅れを強く感じてきました。


フランスとの交流が学校の明るい話題になればいいですね。

2011年4月14日木曜日

岩手県山田町船越湾津波の被害


  • ガシェットに追加したユーチューブの動画をみてください。

  • 「船越湾津波被害①」 では、堤防ぎりぎりまで湾内の水位が上がりました。この時点で堤防の内側にあった養殖棚はもちろん市場、水産加工場などの施設は全滅。

  • 「船越湾津波被害②」 では、津波が堤防を越えてしまい民家を襲い漁船が湾外に流された。三陸地名の由来を記述した本では「船越とは、船が陸を越えたところ」と書いてあったように記憶している。

  • 「船越湾津波被害③」 では、もどる波により堤防が破壊されてしまう。湾の底が見える。凄まじい映像です。次の津波で船越湾と山田湾がつながったようです。

  • 「船越湾津波被害④」 では、船越半島・田ノ浜地域の津波による崩壊、火災状況が映されています。

2011年3月21日月曜日

大津波




宮古自動車道を降りると目に飛び込んだ光景だ。
正面が入浴施設マース。
閉伊川サクラマスの際に利用しようと思っていましたがこの辺りは完全に壊滅している。
地震から10日たちテレビの映像で何度も見たが、実際壮絶ですさまじい、とても痛ましい光景だ。
防波堤が大きく決壊していた。

三陸鉄道のレールが宙に浮いていた。
津軽石川の鮭祭りを行う小屋も無くなっていました。
サケマス孵化養魚場あたりからは大丈夫でした。
豊間根は無事のようでした。
震度6で長く揺れたのですが建物が地震で損傷している様子は見うけられませんでした。
盛岡~宮古間106号線では大木が倒れている場所が結構ありました。


大沢のラーメン屋さんとか木村屋さんがあった場所です。
スーパーマーケットのジョイスやホーマックも全壊でした。
航空自衛隊の基地が近くにあり自衛隊の隊員や車両が多かった。
この先の山田町も街がほとんど壊滅。
街を見下ろす山の中腹を通る山田自動車道で迂回する。
私はいつも自動車道を通るたびに海抜の低い街を心配していた。

45号線山田町織笠で通行止めになっていたが、織笠橋を自動車が走っているのを見た。
自動車道を降りるところで船越湾が見渡せる。
田の浜地区が津波でやられている。
ネットの動画では、山田湾と船越湾が津波で繋がったと言ってた。
この先四十八坂は高台になっていて津波は心配ない。ここに海の家が建っている。
建物の被害は無く。ガラスコップがひとつ割れただけでした。よかった。
裏に住むYさん一家も全員無事。
電気がまだ回復してなかった。
Yさんでは井戸水ポンプが動かないので沢水を利用していた。薪があるし、米、野菜も自家製、生きてゆくには支障ないが、ガソリンが無く近郊の町が壊滅しているため買い物に行くのに困っていた。
食料品をあれこれ持って行ったので喜んでいただけた。
四十八坂を過ぎると浪板海岸。
美しい松並が倒れて観光ホテル2階まで津波の被害をうけていた。
吉里吉里も全滅 。
大槌も全滅
回転寿司釜石ごん太があったあたりから今月開通したばかりの自動車道に入る。45号線両石の通行止めを迂回する。
いわて競馬・馬券場もだめ。
釜石は駅より海がわは壊滅。
スーパーマーケットのマイヤは営業していた。
そして遠野を通り帰路盛岡に向かう。
自然の脅威を見せつけられた。
過去の三陸大津波の経験は活かされなかった。
ここ1~2年三陸ではいろいろな異常現象があった。
そういうとき海の人は大津波がくるんじゃないかという。ケガニを頂いた両石のSさんも津波が来ると言っていたことを覚えている。盛岡でも市全域が停電になり信号がとまり、水道がとまり、夜の明かりが消え、テレビやネットの情報が入らず、携帯電話の充電もできないなどの体験をしました。普段の生活がいかに恵まれていたか感謝を忘れていた。煮炊きの火と水、夜の灯り、物流が不便になり余震におびえるとき家族や地域の人たちの助け合いの大切さを感じた。全国から外国からの支援がありがたいとおもった。
海の神様がまた怒った。と太古の人ならそうおもうだろう。一瞬にして廃墟になった三陸を車で走り、私もそうおもった。
そして福島原発では火の神様が怒っているようにおもえる。




2011年3月7日月曜日

燻製づくり2

燻製つくりの本を買いました。
使わなくなった冷蔵庫、スチールロッカーが利用できる
ということを知った。
それなら10年以上も前から邪魔者になっていた頂き物がある。網棚を3段(取り外し可能)取り付けました。
ばっちり立派なスモーカーです。
予期せぬところでお役にたったロッカーすばらしい!
スペアリブに、味噌、砂糖、にんにく、しょうが、醤油を混ぜたものをすりつけてラップし数日ねかせ
屋外で乾燥させてから燻製にした。
おいしく出来上がった。
肉もこのサイズなら冬の屋外乾燥二週間くらいで生ハム状態になる。
燻製加工しなくてもうまい。



塩鮭切り身を、醤油、砂糖、スパイスに漬け、塩抜きしてから乾燥、そして燻製。

このロッカー製スモーカーなら鮭一匹丸ごとでも、吊るせる。
5月はサクラマスを釣りあげて冷燻に挑戦したい。



2011年2月26日土曜日

アンチョビーつくります。

2月16日に仕込んだイワシ塩漬けです。
うまく発酵すれば1ヶ月ほどでアンチョビーになる。
塩によって魚から脱水された茶色の液体は魚醤ナンプラーになる。


上の写真は食べ比べるために、お店で購入した。
以前アオハタ缶詰を食べたことがある。
旨かった。
私は好きです。
自家製野菜にアンチョビーにんにくドレッシングを試したい。

うまくできるようになるまで、イワシを見つけたら何度でもつくります。
目標は自家製イワシの煮干しと魚醤に、シュウリ貝の煮汁をあわせて磯ラーメン
アンチョビーは自家製椿油オイル漬け
イワシはお魚の仲間では食物連鎖の底辺を支えるものであり、安くて大量に獲れる。
イワシを活用しておいしものつくろう。


2011年2月9日水曜日

吉里吉里海岸

海の荒れた翌日は「いいもの拾い」に砂浜を散歩する。
いいものとは、海草コンブ・ワカメのメカブ・あわび・さかな・貝殻・石・漁具など
晴れているが2月初旬の風は冷たい
先行者一名の足跡がある
地元の人に優先権あり、おこぼれをいただく

吉里吉里より望む鯨山


吉里吉里の公園


アワビの貝殻は内側の光沢面を工作して螺鈿飾りに使えそうだ
蓋付きの岩ガキは大きくてそのままオブジェになるだろうとおもった。



家に持ち帰り中をこじあけると、新鮮な牡蠣の身が入っていた。
貝殻は波によって削られ角が取れ丸く、白くなっていたが
砂浜に打ち上がるまで生きていたんですね
しかも寒さのせいで新鮮なまま小動物にもたべられずに
私に出会ったんですね。
次はこれ狙いでいこう。