2010年10月13日水曜日

’10年キノコ狩り

キノコ山を登ると、 船越湾が一望できる場所に至る。
汗をふき水分補給。


今回も仙人トンネル手前で鹿に出会った。


アズキモダシと呼んでいる食用きのこが列になって生えている。

コウタケに似たきのこを、沢山みた。これは食べられない。




小さいけどマツタケが手に入った。
きのこは、例年より遅かった。
しかし豊作のようです。

道の駅ではマツタケが豊作のおかげで、安く売られていました。











2010年9月25日土曜日

秋の四十四田ダム
















秋の野草、花には虫が集まっていた。





ダムからは岩手山、姫神山が望めます。





岩手山にかかる雲が、まるで噴煙のように見えていました。





ダム湖畔ではルアー釣りの人が数人楽しんでいた。





これから放水下流で釣りをする人に出会った。





ヤマメ、イワナ、ブラックバスが釣れると言いました。





私は十何年前に上流で養殖施設から逃げたギンザケを釣ったことがあります。





この日は日差しが強かったが、今年は秋が足早にやってきそうです。

2010年9月20日月曜日

仙人峠の鹿

気温が下がったし、雨もふったので

そろそろマツタケが採れるのではないかと

一泊して翌朝に山にはいる予定で、

夕方三陸にむかいました。


盛岡からワインまつりでにぎわう大迫を通過して、

遠野~釜石を結ぶ自動車を利用しようとしたら

交通事故による大渋滞

時刻は19時


狭くて日中でも暗い旧仙人トンネルのコースに変更

自動車道(無料)ができてから交通量がほとんどなくなり

夜は動物が道路に出ていて肝をつぶすことが多い。








やっぱりでた~。

牡の若い鹿だ。

車のライトがあたっても草をたべている。

15メートル。

これ以上近ずくと逃げる。




逃げ足は速く機敏にバネのあるジグザグの跳躍で遠のく、が

さほど離れない場所でまた草を食べはじめる。

岩手には鹿子踊りが各地に伝え残っているが、

太鼓のリズムは鹿の跳ねる力強い動きを表現しているようだな。





翌朝雨の中マツタケ偵察にいく。

やっとキノコの気配がでてきた。

来週には採れそうな様子です。









釜石港に客船「飛島Ⅱ」がきていた。

船外アナウンスによると北海道の旅の帰りのようです。

船の旅。いいですねえ。

 はるかな はるかな 見知らぬ国へ

 ひとりで 行くときは

 船の旅がいい。

2010年8月3日火曜日

盛岡さんさ踊り




 今日は仕事が早く終わったので、開催中のさんさ踊りを写真におさめました。
今年は7月からずーっと暑い日が続き、練習大変だったでしょうね。
盛岡の観光祭りとして30年くらい前から開催されています。
東北の夏祭りとしては歴史が浅いが、年々観光客が増えてきています。
多くの人に見てもらえば、練習の甲斐もありますね。


 「さんさ踊り」そのものの歴史は古く、
藩政時代より盛岡近郊に伝統芸能として、地域ごとに特徴をもったさんさ踊りが伝わる。
その起源については、三石神社に鬼退治を祈願し叶えられ喜び祝って踊ったのがはじまり
という説が広く伝わっている。
 岩手山から噴火の際に飛んできた三つ岩を祀ったといわれる神社が、名須川町にあります。
鬼が二度と悪さをしませんという印に、この岩に手形を押したそうです。
「岩手」の名前の由来にもなっている。
 30年くらい前にこの神社をおとずれたときには確かに手形がありました。
その手形は岩が掘れて出来ているのではなく
人間の手のかたちに苔がはえていないために手形にみえるのです。
私の手は小さいのですが、ぴったり私と同じサイズでした。
たしかに数か所あったことを覚えています。
 当時なぜ苔が生えないのかとても不思議におもいました。
今はいくら岩の表面をくまなく探してもあの手形は見つけることはできません。

2010年7月19日月曜日

笛吹き峠にある日本最古の洋式鉄高炉跡


遠野物語に登場する六角牛(ロッコウシ)山~大峰山~片葉山には鉄鉱石の鉱山があった。
そして遠野から笛吹き峠をくだってすぐの山中釜石市橋野には日本で初めて鉄鉱石から銑鉄を製造した大島高任による洋式高炉が残って公園になっている。


安政5年に建てられた三座(花崗岩で組み上げた外側壁)と水路や屋敷跡地
そして辺り地面には木炭・鉱石・半加工の鉄くずなどを見ることができた。
このたびは新聞にて橋野高炉ツアーの情報を知り、ひとり先回りして現地に行き案内人のお話をうかがおうという算段でした。
予測どおり一足先に到着しておにぎりを食べ、沢水で身体を癒してまもなく御一行バス2台がやってきた。
なぜこんな山中に製鉄所があったのか?
まず鉄鉱石がある。
鉱石を溶かす燃料の木炭になる豊かな森林がある。
動力になる水量豊富な渓流がある。
笛吹き峠は遠野と沿岸を結ぶ街道であり流通の便がよろしい。
外壁の花崗岩がその場にある。
古くからの鉄の技術があった。
という好条件があげられるそうだ。
鉱山には、さらに林道を登る。すると二又になりそこに車を置いて右側を約20分ほど歩く。
そこには坑道口が二つあるそうです。
閉鎖されているが遠野側佐比内にまで通じているそうだ。
なおアメリカ金属協会から歴史的遺産とみとめられ米国外で初のヒストリカル・ランドマーク賞をいただいているそうです。
国内ではほとんど知られていない史跡が大きな賞を授与されているのだそうです。
地元の方々は、町おこしへの熱い想いをこの遺跡にいだいている。












2010年6月14日月曜日

宮澤賢治 の親友 藤原嘉藤治にちなんだ音楽祭


「セロ弾きのゴーシュ」のモデルとされ賢治の作品の理解者だった藤原嘉藤治が、賢治の意志をついで東根山(アズマネサン)のふもとを開墾しました。

その場所にある園芸の会社ビューガーデンさんや、嘉藤治さんの関係者や、地域の有志によりかとうじ山の音楽祭が今年も開催された。年に一度、今回で8回目になるそうです。

眼下に紫波町の田園風景がひろがり天気にめぐまれとても良い雰囲気で行われた。
尺八・口笛・コーラス・トーク・バンド・児童劇などが無料で楽しめる。
生活のなかに芸術文化にかかわる時間をとりいれ、
潤いのある生き方を勧めた賢治や嘉藤治の考え方を現代に継承した音楽祭である。

90歳になる指で絵を描く画家の如水さんも観客にいらして。
当日の景色をその場で作品にして、披露された。
氏は高齢ではあるが、はつらつとした魅力ある方で、
国内外で活動されているそうです。
またお会いすることとなりました。




2010年6月5日土曜日

金山トレッキング

佐比内の金山トレッキングに参加しました。
藤の花がさかんに咲いていました。
江戸時代には鉱山労働者に隠れキリシタンが潜伏していたそうです。
この石には「山太十」と刻まれていました。サンタクロス(聖なる十字)ということらしい。

白い石英の石臼?同心円の傷跡がみられた。


かなり山深く進む。
企画者によりコースの草刈りや倒木の処理が事前に行われていました。
このあたり一面がズリのようです。
白い石がみられる。が、水晶はみつからない。



峰に到着。
こんな高い場所に坑道穴がありました。
地元の方が話すには、縦抗になっていたらしい。
露天掘りの穴も無数にある。
戦前まで稼働していたようです。
400年前はキリシタンが治外法権の鉱山を隠れ蓑にしてこんな山中で生活をしていた。
当然人権も人命も法に守られてはいなかったのでしょう。
800年前の藤原平泉黄金文化をささえた金山でもあったかもしれません。
華やかな文化とはかけ離れた人たちの生活が想像される場所でした。
とほうもない量のがれきを泥まみれになりキリシタンが運びだし、わずかに得られる金を集め
寺院の仏像にほどこす。皮肉な話である。