2010年6月14日月曜日

宮澤賢治 の親友 藤原嘉藤治にちなんだ音楽祭


「セロ弾きのゴーシュ」のモデルとされ賢治の作品の理解者だった藤原嘉藤治が、賢治の意志をついで東根山(アズマネサン)のふもとを開墾しました。

その場所にある園芸の会社ビューガーデンさんや、嘉藤治さんの関係者や、地域の有志によりかとうじ山の音楽祭が今年も開催された。年に一度、今回で8回目になるそうです。

眼下に紫波町の田園風景がひろがり天気にめぐまれとても良い雰囲気で行われた。
尺八・口笛・コーラス・トーク・バンド・児童劇などが無料で楽しめる。
生活のなかに芸術文化にかかわる時間をとりいれ、
潤いのある生き方を勧めた賢治や嘉藤治の考え方を現代に継承した音楽祭である。

90歳になる指で絵を描く画家の如水さんも観客にいらして。
当日の景色をその場で作品にして、披露された。
氏は高齢ではあるが、はつらつとした魅力ある方で、
国内外で活動されているそうです。
またお会いすることとなりました。




2010年6月5日土曜日

金山トレッキング

佐比内の金山トレッキングに参加しました。
藤の花がさかんに咲いていました。
江戸時代には鉱山労働者に隠れキリシタンが潜伏していたそうです。
この石には「山太十」と刻まれていました。サンタクロス(聖なる十字)ということらしい。

白い石英の石臼?同心円の傷跡がみられた。


かなり山深く進む。
企画者によりコースの草刈りや倒木の処理が事前に行われていました。
このあたり一面がズリのようです。
白い石がみられる。が、水晶はみつからない。



峰に到着。
こんな高い場所に坑道穴がありました。
地元の方が話すには、縦抗になっていたらしい。
露天掘りの穴も無数にある。
戦前まで稼働していたようです。
400年前はキリシタンが治外法権の鉱山を隠れ蓑にしてこんな山中で生活をしていた。
当然人権も人命も法に守られてはいなかったのでしょう。
800年前の藤原平泉黄金文化をささえた金山でもあったかもしれません。
華やかな文化とはかけ離れた人たちの生活が想像される場所でした。
とほうもない量のがれきを泥まみれになりキリシタンが運びだし、わずかに得られる金を集め
寺院の仏像にほどこす。皮肉な話である。





2010年6月2日水曜日

岩手県岩手郡滝沢村 字岩手山に行く





















国道4号線盛岡を北上、国道282号線との分れから岩手山柳沢登山口に入ると、
まっすぐ先に岩手山がある。
盛岡市内どこからでも眺められる岩手山ですが、
今日は真近で見たくなり岩手山に誘われて
柳沢登山口まで足を運んだ。
岩手山に向かって道路左は、県肉牛牧場、春子谷地湿原、小岩井牧場が広がっています。
右は、自衛隊駐屯地と演習場。
帰り道自衛隊の訓練に出会いました。なかなか異様な状況でした。
迷彩服はサクラマス釣りに使いたいな。
よく見ると自動小銃も持ってる。
暑い中、へばり顔の新米も後方にいました。
山菜とりらしい車も道路わきに駐車してありました。
ワラビ、ゼンマイでしょうか。
演習地からは、ときおりものすごい砲弾の音が鳴り響いていました。
立て看板には立ち入り禁止とあるが、
山菜とりの人がはいるんでしょうね。